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気-無限のエネルギーの表現
人気、元気、天気、景気、気配、気持ち、気力、気合い、気がある、気に入る、気に入らない・・・。
日常の中にも気という言葉がどれほど使われているのだろう。日本人が無意識に「気」という言葉をこれほど使っているのは、遺伝子レベルのような深いところで「気」の持つ意味をわかっているに違いないと思えるほどである。
気は、あらゆるところに充満している、生命エネルギー、自然エネルギー、宇宙エネルギーの表現である。
仏陀が「空」と呼び、老子が「道(タオ)」と説き、量子論で統一場として認識されている無限のエネルギーの場が存在する。らそれは私たち自身の内側にも存在している。絶対の静寂の場からわき上がる無限のエネルギーの現れ、それが気と呼ばれている。そして、私たちは、肉体や心、そして環境を通して気のエネルギーを放ち続けているのである。
どれほどのエネルギーを表現できるかは私たちの意識にかかっている。意識が表面的なものしか見えていないとき、それはわずかなものしか利用できない。しかし、より深いレベルに到達したときには、そこにある豊かなエネルギーを自由に使うことが出来るようになるのである。それはちょうど、海の動きがごく浅いところで起こっている時には小さな波しか立たないが、海底の深いレベルから起こる動きは津波のような大きな波を引き起こすことが出来るのに似ている。意識がより深いレベルをとらえることが出来るようになるとき、海底からわき上がる波のように大きなエネルギーの波を起こすことが出来るようになるのである。
気光(気功)の目的は、この無限のエネルギーを自由に使えるようにし、あらゆるところに愛と幸福のエネルギーを解き放つことである。
気の不思議-無我になるほどパワーが増す
「私は絶対に負けない、なぜなら戦う心を持たないからである。」という武道の達人の話がある。
気光(気功)に習熟していくにつれてわかることであるが、邪心があってはより良い気光(気功)は使えない。無心であること、邪気がないこと、その時にはより大きなパワーが出てくるのである。そして、愛と幸福に包まれた優しいエネルギーでまわりを癒していくことができるのである。
このような状態の時には、何かをなそうとしなくても、自然がすべてを良い方向へと導いていってくれている実感が持てる。気光(気功)を治療の助けとして利用する場合も、悪い部分と戦いを挑むのではなく、無我の境地の中でより大きなエネルギーを利用することで問題の部分が自然と消失してしまうことも多く体験している。
気光(気功)治療
気光(気功)を行う者が病気を治すわけではない。施術を行う者はあくまで、受ける方と共にあり、そして気光(気功)のエネルギーを利用することにより、生命エネルギーを高めていくことに集中していくのである。
病気の多くは、気の滞り、生命エネルギーの不足から起こってくる。施術を受けるとすぐに多くの方が次のような感じを受けるようである。
・あたたかい
・心地よい
・眠い
自律神経が安定し、リラックスしているときに体験する感じである。
受ける側が気が滞ってしまった不自然な状態であっても、施術者が気光(気功)でより大きな自然エネルギーを送り込むことにより、バランスが回復し、エネルギーが高まってくる。その結果として、心や身体の安定がもたらされるのである。
遠隔気光(気功)-共通の場は時空を超越する
あなたとわたしは見た目にはまったく違うものであると感じるのはごく当然なことであるが、意識が深いレベルで確立されているときには二人の違いは徐々に薄れていき、やがては完全に共通の場を認識するようになる。そこは空間にも時間にも左右されない場所である。
遠隔気光(気功)を行っていると、「なぜそんなに離れているのに効果が現れるのですか?」と聞かれることもある。しかし、施術を行う者にとって距離は関係ない。意識を深いレベルに持っていくことにより、施術者と施術を受けるものの距離は無くなり共通のレベルでつながるのである。
その状態においては、通常の気光(気功)施術と同様の効果が生じてくる。

